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家相、風水、陰陽師~家にまつわる鬼門の科学

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テーマ:ライター記事


 住宅建築をお考えの方は、多かれ少なかれ、「家相」という言葉を耳にされたことがあると思います。最近では、若い女性を中心にすっかり占い特集の定番になりつつあるインテリア風水の方がお馴染みですが、近現代史を振り返ると「家相」は、いわゆる六曜(※)と同じく、日本人の生活風俗に深い影響を与えてきました。
(※六曜…日本に古くから伝わる、先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口からなる、暦の一つ。日の吉凶を占う。)


■え?!裁判所が「鬼門」を認めた記録があるって本当?

 昭和54年6月22日、当時の名古屋地裁で奇妙な判決が出ました。それは、「家主の意向に反して、鬼門の方角にトイレを設置したのは、建築物の瑕疵に当たる」というものでした。
昭和なかごろまで、住宅建築に携わる者が鬼門(陰陽道でいう北東の方角。この方角は鬼(幽界)の抜け道で凶方位とされる)に留意するのは、半ば常識のことでした。
 鬼門の考え方が科学的に正しいかどうかは別にして、建築工事に際しては、忌み日である三隣亡をことさら避ける風習が長らく残ったように、文化的に集団の和を重んじる日本人にとって、鬼門とは凶事を想起させる社会的禁忌(タブー)とみなされてきたことは想像に難くありません。


■「家相」を禁止した明治政府

 家相を占う人々のことを「家相見」(かそうみ)といいました。家相は出版技術が地方にまで普及した、江戸時代後半の化政期に”家相書”という形で急速な広まりを見せました。
 家相は、これまでの、”宣託”を得るための特別な修行がなくとも、明文化されたテキスト(家相書)に判断したい土地家屋のパターンを当てはめれば吉凶が分かるという点が、既成の占いとは大きく異なり、町人文化の爛熟期にあった化政期において大いに持て囃された一因だったのでしょう。
 しかし、明治時代に入ると、急速な近代化を実現するため時の明治政府は、家相診断のような民間習俗をも淫祠邪教(いんしじゃきょう)の類の一つとして禁じ、長らく近現代の日本の建築学において語られることはなくなってしまいました。


■清家清の家相観と、占いの国・ニッポン

 しかしながら、文化的に土着し、特に、調和を重んじる地方でのムラ社会に根を下ろした家相の価値観は、戦後、森博士邸等の設計で有名な建築家・清家清氏(1918~2005)による再評価により、広く巷間で脚光を浴びることになりました。
 清家氏は、家相の考えの源流には以下の3種類があるとし、建築学的に合理性のあるものを再定義し直しました。

[清家清氏による家相三分類]
(1)建築計画学的、工学的あるいは住居学的に根拠のあるもの。
(2)家に関した社会的なタブーを表したもの。
(3)科学的にまったく説明しようがないもの。

 家を建てるという行為は、その人にとって人生に一大イベントであるという点において、いまもむかしも共通です。

 家相を受容した私たち日本人の文化基盤が、1990年代の風水ブームや、その後に続いた陰陽師ブームの土台になったことは容易に想像されます。
 家相の真偽はともかくとして、家にまつわる禍福というものは、本当は、そこに住む家主の人となりにあるのかもしれません。

注、この記事の執筆にあたっては、以下の文献を参考にしました。
・宮内貴久『風水と家相の歴史』、吉川弘文館、2009年
・清家清『家相の科学』、光文社、2000年
・川村邦光『幻視する近代空間』、青弓社、2006年

取材・文/TN(HN)
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