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現地取材≫武蔵小山・戸越銀座商店街は「品川のカパルチャルシュ」だ(下)

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 トルコ・イスタンブールには、広さ3万㎡にも及ぶ「カパルチャルシュ」と呼ばれるバザール(市場地区)があります
 前回、ここ品川区にある、武蔵小山から戸越銀座に至る商店街区が、そのカパルチャルシュにほぼ匹敵する大きさであることについてお伝えしました。

 今回は、前回ご案内した武蔵小山商店街パルムを抜け、いよいよ、400軒以上の店舗が軒を連ねる日本有数の商店街「戸越銀座商店街」へ足を伸ばします。


■戸越に「銀座」が生まれた理由

 800mほど続いた武蔵小山商店街を抜け、中原街道沿いを北西に2ブロックほど歩くと荏原二丁目交差点が見えてきます。この交差点を石畳で舗装された脇道に折れるとそこがもう戸越銀座商店街の入口になります。

 道なりに進んでまず目に留まるのが、大きく「戸越GINZA」と書かれた入場門です。

≪見事なまでに真っ直ぐ続く戸越銀座商店街のメインストリート。取材日に出会った修学旅行生も「うわ!長い!」と驚嘆の声を上げていた。≫

 大正12年(1923年)に関東一円を見舞った関東大震災で、京橋区(現中央区)にある銀座も壊滅的な被害を受けました。明治5年(1872年)の銀座大火を受け、耐火仕様の白煉瓦で不燃街区整備を行っていた銀座周辺地域でしたが、関東大震災により崩れ落ちた大量の廃棄煉瓦の処理問題に悩まされます。そんな時、この破砕した煉瓦をバラスト(※1)代わりに道路へ敷くことを思い立ったのが当時、この戸越~東戸越地区に店舗を構えていた商店主たちでした。当時の戸越~東戸越地区は周辺丘陵部から下った谷間に位置したため、雨が降る度に道はぬかるみ、随分と近隣住民の頭を悩ませていたようです。(※2)(いまでは想像できませんが、雨が降るたび日常生活に支障するほど地面が激しくぬかるむということは、東京都下でも昭和中頃まで普通にあったようです。(※3))


■戸越銀座商店街 名店ピックアップ

≪名物・戸越銀座コロッケのなかでもひと際異彩を放つ「おでんコロッケ」の買える後藤蒲鉾店


≪戸越銀座商店街に2店舗を構えるペット用品専門店のペットスマイル。都心マンションではペットが飼えないとのお悩みをお持ちの方は、こうした戸建て住宅中心のエリアで物件を探してみるのも手≫


≪既にこち亀の両さんの世界でしか見れなくなってしまったプラモデル専門店「マスダヤ」。浅草橋のような問屋街でなく、こうした商店街で見掛けるのは非常に珍しい≫


JTの調査によると昭和41年(1966年)当時の日本人成人男性の喫煙率はなんと83.7%(!) いまでは肩身の狭くなったタバコ業界において、数百点の銘柄を取扱うここ「たばこショップわたなべ」の店内は希少な光景です。お店のテントに愛煙家のシンボルとしてシャーロック=ホームズ(?)のシルエットがあしらわれているのがなんとも素敵です≫


≪2017年にできたばかりの総合案内所「ほっとスポット戸越銀座」。お店の前では戸越銀座のマスコットキャラクター"ぎんちゃん"こと戸越銀次郎がお出迎え。(なお当初予定されていた上層階を宿泊施設として活用する計画は、いまだ始まっていないようです)≫


≪戸越銀座にはなんと温泉も! 前身は1970年代に開業した「中の湯」で、2007年に戸越銀座温泉としてリニューアルオープン。ここ戸越銀座温泉の名物は富士山と七福神モチーフにした背景画で、数年おきに劣化修繕に代えて新しい絵に描き直されるとか!? ちなみにこの背景画は、日本三大銭湯絵師(※4)である中島盛夫さん並びに、現代芸術家であるdjow69(デジョー)さんと8g(エイジ)さんによるペインティングユニット「Gravityfree」の合作という稀有の作品です≫


≪毎週土曜13:30スタートの「お刺身バイキング」で有名な魚慶。"ちょっと出掛けて、ちょっと一杯ひっかけて帰ってくる"、そんなノスタルジックな暮らし方ができるのも、ここ戸越銀座の住みやすさの現れなのかも知れません≫

 この他にも、普段あまり見掛けることのない、お菓子専門店やドーナツ屋さんetc.、ひとつひとつ紹介してゆくと、とてもこのスペースでは収まりません。


 いまでは観光名所としても名の知られてきた戸越銀座商店街。武蔵小山商店街と合わせ、日本有数のマーケットを形成しているこの一帯を散策する際には、両者の違いを比較しながら歩いてみると、また違った発見があるかも知れません。


※1 バラスト…道路・線路などに敷く砂利のこと。地面を構成する土砂類よりも粒子が粗いため、バラストを敷くことにより、敷設された道路上の水捌けの改善や、重量物が通過した際の打撃荷重の吸収が期待できる。
※2 戸越銀座商店街オフィシャルウェブサイト「戸越銀座商店街について」より
※3 こうした光景は当時の映画等からうかがい知ることができます。昭和27年(1952年)公開の黒澤明監督「生きる」では、主人公が土砂降りのなか黒江町を視察するシーンが印象的でした。(YouTubeムービー「生きる」予告編より(*開始2:30ほどのところ))
※4 日本三大絵師…一般的に、二大ベテランの中島盛夫・丸山清人に、若手ホープの田中みずきを加えた三人をいう。

取材・文/TN(HN)
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